人として、女性として、喜びに満ちて歳を重ねていくこと。それは、ご自分を取りまく環境への見方を変え、自発的に周囲へ関わることへの喜びを増します。
人生を丸ごと愛おしめるご自分に出会っていく旅は、とてもシンプルですが、日々の実践には少し勇気がいく道のりです。
現在、すでにケアギバーとして働いていらっしゃる方、これから母親になるかもしれない方、妊娠中の方、子育て中の方、子育てが一段落した方、更年期へと向かっている方、そして閉経を経て既に老年期を迎えていくステージの方、
そのどのような人生のポイントにあっても、このコースで共に学んで頂くことにより、さらに豊かな人生へと繋がっていくことをお約束致します。
参加者の皆様には課題の準備をして頂いたり、生活上での実践課題をお願いは致しますが、それらを除き、集中してコミットして頂く期間は6か月間です。
この時の長さをどう捉えるか、
ご自身の中で感じてみて下さい。
一期生からのコメントをお読み下さると分かるように、バースドゥーラの学びに一年の半分という時間、専念して頂くと、ご自身の暮らし方に大きな変化が生まれます。
世界中の女神たちから生きた知恵を得てきたバースドゥーラとの体験的な学びあいを通して、ご自身の変容を実感していくのがこの養成コースの最大の魅力です。
開業助産師(春日助産院1965〜・2005〜2代目院長)
看護大学・助産学専攻科卒業後、大学病院産科病棟勤務
総合病院産科小児科混合病棟勤務
1990〜家業の助産院手伝いから勤務へ。
同年代半ばよりミシェル・オダン医師・マースデン・ワーグナー医師等との出会いから水中分娩・フリースタイル分娩実践。
敬愛する社会学者Sir シー・キッチンガー女史から学びたい一心で97年〜英国テームズバリー大学助産師マスターコース終了。助産師の哲学・出産の社会的意味・ジェンダー・科学的根拠のある医療 E B M、助産研究・・を学ぶ。
妊婦の食育実践。西日本新聞「嘱託の向こう側」シリーズで取材受ける。
2014年に年間100件出産扱う助産院をミニマムに縮小し里山に移転。
現在、在宅出産中心に。産婆化進行中。
1990年代半ばよりミシェル・オダン医師・マースデン・ワーグナー医師等との出会いから水中分娩・フリースタイル分娩実践。
助産師、国際ラクテーションコンサルタント。
ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校留学。
2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。2024年4月より長野県に移住、フリーを満喫中。
河瀨直美監督のドキュメンタリー映画「玄牝」の舞台となった自然分娩で世界的に知られた旧吉村医院吉村正院長の補佐として、2009年より5年間両親学級を担当。吉村氏の最晩年を支え、広報、書籍出版に関わり、共に講演活動で全国をまわる。
現在は、日々の暮らしを営む女性たちに、いのちに向き合い女を深める喜びを伝えつつ、女性霊性への覚醒を促している。
吉村氏との共著に「母になるまでに大切にしたい33のこと」がある。
同書のONLINE読書会を月2回開催。
現在は、八ケ岳の麓で農園を営む娘一家と暮らしている。
NPO法人相よるいのちの会副理事長
グリーフドゥーラ
第一子の病院出産、第二子の自宅出産、第三子の流産という三者三様のお産を経験後、ドゥーラとなる。
自身の流産経験時に、計らずもグリーフケアを受けたことが人生の大きな転機になったことを受け、流産、死産、中絶、新生児死、胎内児死、胎内児障害、障害児育児、不妊治療など、お産にまつわる喪失ケア専門のグリーフドゥーラとなる。
喪失体験をした当事者のケアはもちろん、アメリカでも数少ないお産支援者のケア(グループ)やグリーフ教育にも力を入れている。
バースドゥーラ/出産寄り添いトータルサポーター
1988年3月14日、徳島県生まれ。大学進学をきっかけに東京へ上京し、在学中にはインドネシアへ留学し、インドネシアと日本の間を行き来する大学時代。大学卒業後、在ジャカルタ日本国大使館で外部委嘱員として勤務し、帰国後は主にインドネシア語の通訳として活動。
インドネシア人と結婚し、助産院での出産を経験した際に、お産の素晴らしさを広めたいと強く感じる。
そんなある日、自身が出産した助産院で見知らぬインドネシア人のお産に立ち会うことに。この経験をきっかけに、お産専門の通訳として活動を始める。
2021年には、LoveドゥーラAkikoのバースドゥーラ養成講座を受講・修了し、受講中もドゥーラとしての活動をすすめる。これまでに累計25名の命の誕生に立ち会い、立ち会いを含まないサポートも含めると、現在までに40名の女性とその家族をサポートしてきた。
インドネシアのクライアントが9割を占め、異文化理解に精通したサポートを通して、その方らしいお産のあたたかい体験に同行している。
これまで様々ないわゆる「内観」の講座は受けてきましたが、この講座は次元が違いました。お産という自身のこれまでの生き方がひっくり返る、その場に居合わせるということは、ただの「命の誕生って素晴らしい!」なんて一面の薄っぺらい話ではない。ドゥーラであるということは、産む女性以上に、自分という人間が「どう在るか」を常に突きつけられるということ。正直に言うと、心を抉るような講義、課題の数々で、かなりしんどいこともありましたが、ドゥーラになって分かったのが、その全てが活きるということ。今回はゲスト講師として2期の講座に携わらせて頂くことになりました。皆さんの覚悟と変容、心から楽しみにしています。
私がドゥーラ養成講座を受講したのは、第二子の産後9か月ごろでした。 正直、当時は受講を迷っていました。でも、今思えば、あの時もし受講していなければ、今頃私はどうなっていただろうとすら思います。 講座では、たくさん自分自身を見つめる時間があり、 「私の人生を生きてきた私だけの価値がある」、ということに気付けたのです。 自分の人生にも、ドゥーラとしての活動にも自信が持てるようになった、素晴らしい半年間でした。 また、とても濃厚な時間を仲間と共に過ごすので、 今でもいざという時に支えてくれ、心から私のことを祈ってくれる仲間に出会えたことも大変大きな財産です。 この講座へと導いてくれた運命と、講師Akikoさん、同期の仲間に感謝しています。
この講座を受けて以来、自己管理に氣を配れるような自分に確実になれてきています。歳も50歳を超えた今、自分自信が疲れていない状況でお相手のために尽くせるかどうかが、いかにドゥーラケアの質に響くか、すごくよくわかってきました。この大好きなドゥーラという仕事をできるだけ長く今後も続けたいので、気をつけたいと思えるんですね。この講座を受ける前には、なにかと使命感から滅私奉公して、自分をケアしないで相手をケアしようと頑張り過ぎて、自分のカラダの声を聴けずにいました。でも今は、ああ今日は雨で、身体がむくみがちだな、とか、頭が痛いなぁなどと、自分の感覚にずっと自然に気を配れる自分になりました。ドゥーラのスケジュールを丁寧に立てるようになれてきた今の自分は、それだけ、自分を大事にできている、その大きな変化をものすごく実感しています。
直感系は得意でない…というところから、受講後に、言語化ができるようになりました。5歳の息子を抱え、旦那さんにもサポートをしつつ…の中、 良い波紋が家族にも回っているのを感じています。そしてなんとウンチがキレイにでるようになった!という体調の変化まで起きています^_^
あきこさんか世界各国で向き合ってきたお産のお話、もっと聞きたかったです。あの場では、⚪︎⚪︎ちゃんのお腹に宿ったイノチを感じる・今の⚪︎⚪︎ちゃんを感じることで感謝で満たされた状態で、 あきこさんに質問してみたかったことなどは飛んでいってました。あきこさんに直接お会いできて、 空気感や声の響きから いろんな形のお産周辺で寄り添い・命を使ってきた上での感動や純粋さを感じて、私にとっての 光の道筋を照らしなおしてくれた様な感覚でした。 私はお産まわりでおこることがらに寄り添えることに、生きがいを感じて生きてゆきたいようで、あきこさんの生き方の欠片に触れられて、とても力をいただきましたありがとうございました
昨晩はとても貴重な機会をありがとうございました。今日はヒーリングセッション翌日のように(いやそれ以上に)眠く、ほぼ一日中寝ていました。(お産は)もう10年以上も前の経験で、現在は不満も無いのですが、あの経験は本当に強烈で、根深く残っているんだなぁと感じました。 でもだからこそ、どんなお母さんに出会っても寄り添える自信があります。 幸せな妊婦さん、産婦さんを増やすことは私たち一人ひとり次第なんだと実感する素晴らしい機会でした。本当にありがとうございました。
今晩は幸せな時間を有難うございました。心が凪ぎ、余分な感情が削がれ、真心で人を想うことができて自然と涙が落ちそうになるような、そんなひと時でした。人と人が関わる日常からは様々な感情が生まれるもので、真心を伝えるのはほんの少し勇気がいる自分ですが、近頃は一歩ずつ前進しているのを内面から感じています。 あとはやはり、勘や良心に従うこと、そして人への気配り心配りの大切さを改めて実感し、これからの生活がより眩しく、より一層自分らしい方向へと進んでいきそうな予感がして、生きてるって最高!幸せ!といった感じです笑
もう今日は、大切な妹と一緒に参加できて本当に特別な時間となりました。 妹にサポートしてもらったのに、私のサポートは届かず、今まで 心苦しかったのですが、アキコさんのフィルターを通して、少しでも妹に響いてくれたのかなと思うと涙が止まりませんでした私自身のお産を、あの場で少しですが皆さまに聴いてもらいたいと思えたのは、安心できる場所と感じれたから…そこでシェアした経験は、私にとって、トラウマをひとつ乗り越える小さな成功体験となりました 耳を傾けてくださり有難うございますそして、今までこの事を繰り返し誰かに語っても、どこか悲観的な感情が残ったり、少し笑い話にしたり誤魔化していましたが… 今日もう一度最後にアキコさんに聴いてもらってから、更に記憶が蘇ってきて、私は屈しなかった良く頑張ったエライと自分を讃えたい氣持ちがメラメラと燃えて来ました自分の違和感、直感を頼りにこれから更に自信をもって、(自分を信じてあげて)自分育てをして行きたいと思いましたまた、子どもに対しても身体を張って私の人生を変える叡智を与えてくれて、心から有難うという感謝の氣持ちも込み上げて来て、一層可愛く感じています
あきこさん、先日はありがとうございました!想いを受け取っていただけて嬉しいです!あきこさんへの安心感というかなんというかドゥーラの役割ってこういうことなんだろうなって思いました。日本でも増えて欲しいです。あきこさんに教えていただいたこと、少しずつ実践してまずは自分と、そして大切なパートナーと向き合いたいと思います。そういえばあの日の翌日、なんだか、髪の毛の質が変わったというか、ツヤがでてしっとりまとまるというか、これも女性ホルモンが良い感じに放出されたからなのか?などと考えてみたり...。
人前であんなに泣いたのは初めてでした 愛と学びと癒しあふれる場を作ってくださった章鼓さん本当にありがとうございました! 医療も政治もおかしな方向に進み分断が生まれていますが、悲観しすぎなくていいんだと思えました。わたしが気づくことができたのは、コロナ禍があったから。あれがなければ今もぼけーっと生きていましたそんなふうに、痛みも怒りも悲しみも気づきのために必要な過程なのだとしたら、 今世界が行き詰まっている現状も、気づく人がもっと増えるための過程であって、ヒトがより良く進化していくのに必要なこと。明ける前の夜が1番暗いように、絶対に今よりもっと良くなる!と信じて 悲嘆に暮れるのではなく、今自分のできることをしていきたいです ありがとうございました
愛あふれる有意義な時間を共有できたこと、ありがとうございました。 あきこさんのように、強く美しく、人を癒し勇気づけられる存在になれるよう、自分を磨いていきたいと思います。そういう生き方を見せてくれる存在が近くにいることが、有難くて、心から感謝です微生物を無視した生活のうえに、自然も人間もいきていけるはずもなく、いま私たちが考えをあらため、生活をかえないと、どんどん悪い方向へいってしまうことに強い危機感を持っています。でも同時に、 対立や強制的な働きかけでは良い方向へはいかないことも感じています。 究極は、家庭の中の平和が最小単位であり、日常のなかで、身近なひと、職場の人、通りすがりの人などに、愛と思いやりを持てなければ、周りにいい影響を及ぼすことはできない…というようなことを感じています。なので、私にできることを、毎日着実に、愛と、希望をもって行動していきます
私が水中出産したのは、楽だよーって単純に聞いていたからなんですが、 細菌などのことは全然知らず、生まれてきた子が結構大変だったので、あれで良かったのかという思いもあったけど、あきこさんの言葉や映画で、あの時に助産院を選んだ自分や家族にえらいっ!を送りたい気持ちです。皆さんの話を聞いて本当に出産は、自己肯定感や人生そのものに関わる重要な選択であり、そこを切り取っても女性の力やあり方にも繋がっているんだなと思いました。 女性が本来の力を発揮できていない、医療都合?で何かを奪い取られているなら本当に変えていかないといけないと感じました。このことに気づけて本当に良かった 私が帰った後も、皆さんの癒しが起きていたようで最後まで私もいたかったという思いと、この映画は多くの方にあきこさんのお話会とセットで聞いて欲しいとまた強く思いました!
私は木村さんとお話しでき、(現役であった)当時を思い出し、情熱と誇りを持って自分がお産に向き合っていた事を改めて振り返る機会となりました。最近は体調の事もあり何事にも消極的になりがちでしたが、心身がともに健やかになるために、また人間らしさを模索、追求するために、色々な取り組みをされている事を知り、勇気づけられました。木村さんがずっと発信してきた考えや行動にたくさんの人が共感してそれぞれが地に着いた自分の歩みを見つけ出していこうというエネルギーを感じました。命がけでお産をする事が女性として大切にされ尊厳と誇りを得られる場になれたら嬉しい事です。 私はもうお産は出来ませんが木村さんが その温かさで多くの女性を支え励まし続け精神性を保てる為に活動を続けていかれる事を影ながら応援しています。
あきこさん先日は素敵な時間をありがとうございました💓自分の深い部分と向き合う機会になりました🙏あきこさんの包容力に癒されました💓昨日は、夜勤でお返事遅くなり申し訳ありません。腰やお尻をマッサージする際は、気持ちいいかなぁと、産婦さんの表情を見ながら優しい心で関われました。なんだか私も気持ちが良かったです💕参加させていただけたお陰です🙏
昨日は全身がゆるんで動けなくなりました😂 今日は朝から潤っていました😍💕潤うと一瞬であそこのシワやたるみがなくなりますね💖💖(笑)。(いっぱい泣いたから)鼻の粘膜も充血してむくむくになり、粘膜すべてつながっていると再確認です。
わたしは背中を触れられることが好きだったことを思い出しました。記憶に残っている夫とのセックスも、背中への愛撫が気持ちよかったなぁと(笑)。今は破綻しかけた夫婦関係が、なんだか良くなるんじゃないかと、期待も。でもそんなのは正直どうでも良くて(笑)、自分で自分を癒せるんだ!ってわかったことが、とても大きいです❣️遠慮なく言います😊自分、だいすきです!
◇セルフ・センシュアリティケア 章鼓さんのセンシュアリティケアを体感して、自分の中でたくさんの変化がありました。
長い間、官能とはエロスだと思い込んでいました。 でも章鼓さんのケアに触れて、性とは元々備わっているもの。 誰もが性を育み身体を愛おしむことが自然で美しいことなんだと心から感じることができました。
今まで、私の身の回りにある官能的なものというのは 男性の欲望やエロティックなものばかりで、本質的な性を勘違いさせられていたんだなと思います。 同時に自分の中に、性を疚しいものだと感じる先入観もあることも分かって 性や官能を開いてはいけない、という罪悪感があることに気付きました。
パートナーとスキンシップを取る時、男性に対していつも感じるのが 私はただ抱きしめて欲しい、愛を持って触れ合いたいだけなのだと 伝えたいのに伝えれないことがあって、相手が喜ぶように身体を開いている感覚があります。 だけど、自分自身の中にある女性としての歓びや身体を芯から慈しむ心と向き合った時 それはとても無垢で、もっと素直に自分の中に開いていいのだと 初めて自分の身体への歓びを自分だけのために受け入れれたように思いました。
自分を愛おしむことができれば、相手を素直に受け入れることができる。 パートナーに対しても子供達に対しても、今は柔らかく受け入れることができるようになりました。 そういった自分でいることが主人も嬉しいのか、以前よりも素直に自分の気持ちを伝えてくれたり ハグやキスをしてくれるようになって、お互いに今どんなことを求めているのかも伝え合えています。 これってすごい変化です!
パートナーとのスキンシップがもっとリラックスしたものになって、私も嬉しいし、 そんな私を相手も綺麗だと喜んでくれるのがとても嬉しくて、 また愛されるように美しい自分であろうと思えます。 女性は愛されるべき存在で、愛されていないと生きていけないのだなと 改めて自分の中に起こった変容を愛しく感じています。私はムツゴロウさんを幼い時から尊敬しているのですが、
つい先日対談番組でまさに動物の営みの半分以上、セックスだと。
そして心を通わせるのに必要なのは、共に寝ることと繊細なタッチ、
手のひらでのふれあいだとおっしゃっていて、私がずっと惹かれてきた
要素がまさに動物的な直感、感覚からだったんだなあと納得しました。あきこさんからの課題で、毎日膣の中に触れるがありましたが、日々 体と月のリズムと共に変化する感触に、自分の中にこんなに 豊かなスペースがあったんだと発見しました。生まれ出てきた子の頭、お産の前や生理の時には触れては いましたが毎日挨拶すると、いつも「大丈夫」って言ってくれて、心も支えられます。このことも伝えたかったし、お礼を言いたかったです。感性!!なんですよね。「これは違う!いやだ!という感覚に敏感に正直にいる」人生を通して、人生が開かれていくのに、赤ちゃんからもつ、単純な快不快に従うってことがシンプルに大事だとおもいます。人権、ですよ。あとは、動物であること。内診に関しては、私も涙が出るような悔しい思い出があり機械相手のように「扱われた」という感じだけが残って、生理不順の診察でしたが、妊娠の希望も持ちながら行ったのに、気持ちの面でも微塵も寄り添いがなくて。病院も基本的人権への意識、子どもも女性も人扱いされているか?を第一に自分が足を運んで心地よくいられる場を選んでいます。親子間の性教育について最近は自分の直接の活動としては離れていますが、次世代の父母となりうる、子どもたちへの幼い頃からの性教育が、心底必要と感じます。それをきっかけに、大人も過去の感情に向き合い、慰め、解放することがちゃんとできるようになります。
日本も昔は近所の手慣れた女性、花魁?さんが若い娘の手ほどきをしたというお話しを聴きますが、(章鼓さんのなさっていることも)今の時代にこそ身近なものであって欲しいです。
日本だと、すぐに可愛いラブグッズとかってなりますけど、器具や他人のカラダの一部をアテにしない、漫画や動画がなくとも、自分にとってほんとうに心地の良い環境を整えて、自分に集中したら、オーガズミック 、エクスタシーの境地に到達出来るってこと、必要な人に届けたいです☺️💕
娘が産まれて生きがいが増え、今回の出来事で、また生きがい、やりがいが生まれたように感じます☺️💕体験的な学び、大切だと感じています。私自身、宇宙のマイクロなカケラですが、この地球に生まれて出会えた奇跡にほんとうに、ありがとうございます😊😊💖
あきこさん、先日はありがとうございました!想いを受け取っていただけて嬉しいです!あきこさんへの安心感というかなんというかドゥーラの役割ってこういうことなんだろうなって思いました。日本でも増えて欲しいです。あきこさんに教えていただいたこと、少しずつ実践してまずは自分と、そして大切なパートナーと向き合いたいと思います。そういえばあの日の翌日、なんだか、髪の毛の質が変わったというか、ツヤがでてしっとりまとまるというか、これも女性ホルモンが良い感じに放出されたからなのか?などと考えてみたり...。
「美しくもエロい、かつ本質的な女性としての生きるテーマと向き合う時間をありがとうございました。すごいなぁ。生理も身体の中で起きる生と死を体現してるなぁと感じました。女として生きることを自分に許し、祝福しながら毎日を過ごせていけるような生き方を娘にも伝えていきたいと思います。
「昨日はわたしにとって、目覚めの日でした。こんなにも自分で自分を褒めたり、癒したりすることができるんだ!自分で自分に触れて、気持ちいいところが検索できるんだ!わたしはわたしを愛してあげられるし、愛を受け止めていいとゆうことが身体でわかった。」
40歳を過ぎ、人生の節目というのか、自分にとっては大きな出来事が立て続けにおきました。悲しくて悲しくて、辛くて辛くて、自分は”やっぱり”ダメだ、と過去の出来事まで否定するような心境になりました。どこか奥底でそうではないとわかっていながらも、抜け出せなくなる、自分を嫌になる。そういう部分を見せたり話したりしても、ただただ迷惑をかけるような気持ちにしかならない、どこかで偽るような、そして、それがもどかしくもある経験や感情、悩みを持たれた方って、私だけではないと思うのです。
現実としてやってくる壁や問題はそれぞれ違っても、その本質みたいなところは、「自分のそのままを愛して、周りの大切な人たちを愛したい」それはみんな持っている本質のような気がします。そこを軽やかにしなやかにありのままに感じたり、表現できないことにもどかしさがあるような。
私は、ドゥーラというものをあまり知らなかったころ、これから妊娠、出産を控える女性にしか関係ない存在と思っていました。そして、海外生活や障害児子育てをしている自分には、深く関係しない存在だと思っていたのです。ところが、あきこさんと出会い、お話をしたり、個人セッションを受けるなかで、悩みの種類というかその現実の状況によって、壁ができてしまうような、孤立してしまうような枠を飛び越える何か、垣根を超える存在を探していた私は、ドゥーラがまさに、そういう存在になりうる女性なんだと気づきました。皆さんにもそのままの自分を愛して、枠を超えてみんなで寄り添えるような感覚を感じていただきたいとずっと思っています。
会陰ケアセッションを撮影して章鼓さんの会陰ケアとケアを受ける女性、その空気感を生で体感して 「出産と変わらない」素直に、そう感じました。
足音を立てることも躊躇うような緊張感
恍惚とした表情
吐息の混ざる声
女性性が花開く瞬間
全てが、あのお産の空気感に通じるものでした。
性の営みの中にある出産も、元々は愛が根源になっています。 その源泉のような女性の性を自分自身で受け止め全身で感じる女性が 心から美しいと感じました。 それは自分自身を受け入れ、五感を信頼して身体を慈しむこと。 パートナーではなく、女性と女性だからこそ より、自分自身の女性性を開いていくことだけに集中できたのかもしれません。
そして、こんなに美しい女性たちを男性は愛するわけだと 心から納得できたのも衝撃的でした。
女性の中にある官能的な美しさは 誰もがそれぞれの中に宿り、生まれながらに育んでいくもの。
本当のセンシュアリティは、欲望やいやらしさではなく、無垢に自分を愛する気持ち。 身体を慈しみ、今ここに生きている性を身体全身で味わう、とても自然な行為なのだと感じました。 自分の女性性を開きたい、全ての人に体感してほしいケアです。
<バースドゥーラ オンライン トレーニングスクール 開校までの背景>
20年ほど、国内外、さまざまなところで、イベントを開催したり、逆にお呼び頂いたりしてきました。リトリートや、講演、勉強会を数え切れないほど重ねてきたなかで、バースドゥーラという職業に興味のある女性、
また、バースドゥーラを伴ったお産をしたい
と願われる方が年々増えていることを実感しています。
言い換えれば、少子化の中、お産が一大ライフイベントとなり、多くのファミリーにとってますます貴重な体験となったということ。同時に、より納得感のある経験にしていきたいという方が増えているわけです。
つまり、
そういった女性たちをサポートできるような人材が今までになく求められています。
「私は医療者だから関係ない」
とか、
「まったく別の仕事をしているから。。。」
といったご自身を限定する固定概念を超え、たとえ現在どのようなお仕事に従事されていても、いつかは女性支援に関わりたいという方には2024年秋に約3-4年ぶりに開講するバースドゥーラトレーニングコースにご参加頂ければと思います。
「バースドゥーラという言葉をはじめて知りました!」
「お相手に喜んでもらえるなら積極的に活動したい」
「バースドゥーラの存在をもっと早く知っていたら私も絶対にお願いしてました…」
上記のようなお声を昨今本当によく聴きますが、
女性が女性を支えるという古来からの心情的、情緒的支援(エモーショナルサポート)は、
いつの時代であっても、私たちにとって大切なものでした。
命への、
他者への
人としての根源的なケアとして、
これからの時代は、より一層大切なものになっていくことでしょうし、世界を見回すと、その体現者であるバースドゥーラの役目は、欧米において、日本よりもずっと早い時点で職業ドゥーラとして確立されてきました。
今のような時代、いかにAI技術の進歩が急加速しても、
バースドゥーラのような役目は、どのような場面であっても、常に求められる人的資源ではないでしょうか。
【私の原動力の一つ、日本人女性へ伝えたいこと】
これまでにイタリア、オマーン、マレーシア、スコットランド、ロシア、アメリカ、イングランド、そしてフランスと住み移ってきたのですが、7カ国、8都市に住んでみて、
日本人女性は忍耐力、協調性の高さでは世界一だと思います。
良く解釈すれば、物事をあるがままに受け入れていくことがとても上手な文化に住んでいる人々なのです。
しかし個々の感じ方においては、お一人お一人の外に出したい感情たちは、その身体に封じられたまま、理性で生きている社会であるとも感じるのです。
「なんか軽いうつ病みたい私…」そう気軽に自己開示できる方なら、症状のひどくなる前に色々とサポート体制をつくれるのですが、なかなかタイミングよくサポートと巡り合えないことがあります。
ポキンと折れる直前という方や、自殺未遂を繰り返される方、摂食障害や睡眠障害といったアラート警報によって暮らし方の軌道修正を迫られている方に寄り添う時、あぁもっと早くに周囲に安心して相談できる方がいたら、、と思わずにいられません。
軌道修正をかける間もなく倒れてしまわれて、そのまま亡くなる女性も中にはいらっしゃいます。かつてアメリカに住み始めた頃、『Akikoの来るのが一年早かったら…』と、サイコセラピストの先生に言われたことがあります。うつ病でかわいいお子さんを残して自死されたお母さんがいらしたとのこと。その女性に誰か相談できるドゥーラのような存在がいたら、最悪の事態は防げたのではなかったろうか…今も折に触れて思い出し、活動の原動力にしています。
もちろん、森羅万象の営みの中で生かされている存在として命を俯瞰したとき、亡くなること=悪いことでは決してありません。ただ、まだお若いのに突然に亡くなってしまうのは周囲にとっても悲しく苦しく切ないものです。女性たちの最も自殺しやすい人生のステージは子産み子育て世代ということは統計からも明白ですから、支え合える女性たちの輪で、これからの時代に生まれてくる赤ちゃんとお母さんを温かく包みたいですね。
流産、死産、大きくなってからお子さんを失うということも私のよく伺うお話です。悲しみに立ち向かわれている方に寄り添い、
慈愛のエネルギーを注ぐのも、ある意味、バースドゥーラの大切なお役目のひとつです。
数値などでは決してはかることのできない何か、信頼感、あるいは深い絆といったものが築けていないと、お相手に自己表現して頂くことも叶いません。
バースドゥーラとして生きてきた20年近い人生で、私が学んだ一番大きな氣づきの一つをお伝えします。
それは、
人は一人で生まれ、また死にゆく存在であっても、生かされている間は、周囲との絆、心から安心できる信頼感を他の命と結ぶことが、人生の豊かさの指標だということです。
ここには、人間だけでなく、ありとあらゆる宇宙のすべてとの繋がりも含まれています。
私たちはあらかじめ繋がっているのだから、『対象』というよりは、自分自身に向き合っているのだと思って、目の前の女性のために在りたいなぁと思っています。
そうして、すべての女性は、マス(全体)ではなく、個別に扱われなければならない唯一無為の存在だということも、あらためて思い出していきましょう。
特に、妊娠から出産、産後の子育てにおいては、女性には継続的なケアが必要だということも再確認していきたいところです。
また、お産の前後だけではなく、閉経した私自身のように更年期、さらには壮年期や老年期も含め、安心して見守ってもらえる相談相手の大切さや、仲間たちの輪がいつのステージであっても大切だと痛感してきました。これを私は『シスターフッド』とか、『シスターズスピリット』と呼んできました。
日本では、この2年ほど現状を観察して参りました。手厚い助産ケアを提供してくださる出張開業助産師さん方や、地域で命のバトンを繋いで下さる助産院や、良質でちょうどいい規模のクリニックも各地で心をそわせ、母子のために心ある医療者さんたちは本当に頑張って下さっています。大変ありがたいことです。
翻って、周産期医療の多くの現場では、数の上で、一対一の個別ケアは非現実的だという現状がほとんどだということも思い知らされています。
女性たちの絆、
シスターフッドの輪、
そして非医療的なサポートは、こんな時代だからこそ、大きな意味をもつのです。
「The Farm」(テネシー州)を設立した伝説の助産師であり、バースアクティビストのアイナメイガスキン氏(ドキュメンタリー映画「birth story」を参照)の言葉をそのまま借りるなら、
「If a woman doesn't look like a Goddess during birth then someone isn't treating her right」 (Ina May Gaskin)
なのです。
「もし産婦が産中に女神に見えないなら、彼女は何にもわるくない。彼女をとりまく環境が変わらなければなければならない」
↑
意訳ですが、結局はそういうことなのだと私も思います。
繰り返します。
私たちは、ひとりひとりが女神です。
私たちの世界とは、ご自身と、自分とを映し出す
鏡のような関係ですから、目の前の女性を
女神として見守るためには、実はご自身も女神としての自覚の整っているほうが、お相手に寄り添っていく過程で、よりパワフルな働きへと繋がっていきます。
女神といっても、ヴィーナスや、羽衣をまとった観音様のようなイメージだけではありません。ブドウの房のような無数の乳房で全身を覆われた女神もいれば、
自らの陰部を自身の両手で力強く左右に開き、子宮のエネルギーを周囲へ放射するような姿のケルト神もいます。
そのように世界中にさまざまな女神像が今も祀られて、在るように、私たち人間に内在する女神性も多種多様です。どんな姿カタチであっても、彼女の在りようは、文字などでは語られてこなかったにせよ、私たちのカラダをもって世代を超えて引き継いできた大切な物語・叡智なのです。
1人の女性が、その身体感覚を花開き、ありのままの自分で体験していくことは、世界にたったひとつのユニークな経験となり、それは、女神神話の一つとして後世まで語り継がれるべき価値のあるものです。
今のような効率化ばかり求められる時代にあって、身体は細分化、数値化され、その傾向によって分類され効率的なケアを施される『対象』となりました。
このようなケアは、心身ともに豊かに異なる個体差を封印し、母子の本来もっている生命力を損なうかもしれない…そういう危惧の声が世界中の専門家たちの間で巻き起こっています。
お産では特に、集団で扱われると、個の体験の豊かさは薄められてしまうのは誰でも理解できますよね。
本来、大海の一滴のような個の体験こそ、全体を変えるほどの大きな力を宿しています。
そこを少しでもサポートしたい私たちです。
「集団の中の一人」ではなく、「あなただけを見ていますよ」という眼差しを向け続ける存在。
それは、鏡のように関係性を捉えていけば、
本当の意味のワンネスかも知れません。
同じ女性としての目線で寄り添うことのできるバースドゥーラは、妊娠、出産、産後だけでなく、死にゆく人まで含めて(病気など、多様な事情で自宅療養や病院での入院中など)、すべてのステージを生きる女性にとって貴重な存在です。
不安な方に、そんなあなたで大丈夫だよと励まし寄り添っていくケアギバー。
不安のない方にも、その調子!と声を掛け、ありとあらゆるアプローチで応援し続けます。
また、様子をみながら、もし女性本人が必要だと判断したら、その時には速やかに専門機関や各分野のプロフェッショナルを紹介することもできる心のシェルターにような存在。
バースドゥーラには、臨機応変さが求められます。
どんな状況であっても、落ち着いて、しなやかに女性を見守ることのできる存在、それが求められる資質のひとつです。
正直、私は長年その役割は、助産師さんのすることであって欲しいと強調してきました。
医学系ジャーナル「ペリネイタルケア」に3年近く寄稿していた時もずっと繰り返しそのヴィジョンを執筆し続けてきました。
なぜなら、私が女性として、
一番にそれを望むからです。
できることなら信じている方々に支えて頂きたい、それが助産師でありますようにという気持ちが、私自身、ひとりの母親としてずっとあるのです。
ところが、助産師さんたちの多くは、大きな医療システムの中で助産師としての自律性がなかなか思ったように発動できないと呟かれています。
継続ケアの大事さは本当によく理解していらしても、医療という仕組みの枠の中で、ローテーションで働いていらっしゃる方がほとんどなので、「実践は難しい」というのです。
助産師さんの想いは、女性たちの想いですから、これは、とても切なく、悲しいことです。
同時に女性たちは、助産師さんを叱咤激励もしてきました。『看板をおろさず頑張ってください!』『開業して下さい!』全国の女性たちが叫んできました。分娩は扱っていないけれど産後ケアに特化して丁寧に母子と向き合い頑張っている助産師さんもいます。
私自身も、『女性を地域で見守り、初潮から妊娠、お産、産後の子育てを応援するのは、助産師のみなさんですよ!』と長年声がけをしてきました。
『助産師さんこそが、どんどん女性をリードし、これからの女性たちの多様なニーズにリアルに寄り添っていくんですよ』と私から何度も勉強会、研修会、講演、記事、ブログで申し上げても、数をみれば、助産師は減っていく一方。産める場所もどんどん閉院に追い込まれ、助産師を求める声も弱くなり、本当の助産ケアを実践するのは簡単ではないというお答えばかり返ってきます。
もちろん、それもわかります。出産が保険対象となっていく動きの中、お産の集約化が進み、地域でお産を見守ってきたスタイルから都市の大病院でのお産がメインになってきつつあります。
助産師は絶滅危惧種だと呼ばれる時代が加速しているのは、そもそもの “なり手不足“ や、嘱託医システムといった問題だけでは説明できませんし、助産師さんだけに問題解決の課題を背負わすことはできません。
じゃあどこに?と思う時、それは、産む女性たちのお産文化(バースカルチャー)の変容に尽きると思うのです。お産とは管理されるべきもの、という一般的な認識は、本当でしょうか。出産で、女性がすべてを医療者に丸投げする姿勢に疑問を感じている方は、私だけではないはずです。思うところがあるのでしたら、どうか一緒に向き合っては頂けませんか。
そうやって、私たち産み手側の意識が変わり、助産ケアを必要だと考える女性が増えたら、今の医療システムでは提供しにくくなっている『助産モデルにのっとった全人的ケア』をより多くの女性に届けられるかも…少なくともそう私は信じ、願うのです。
今この瞬間にもたくさんの女性が妊娠し、赤ちゃんを産んでいっているのですから、待ったなしの課題です。
私がバースドゥーラに興味をもって向き合い始めた20年ほど前、資格養成コースを主宰されていたのはイギリス人助産師さんでした。バーンアウトする直前まで、自分を追い込み、医療システムの中で助産師としての声を通そうと尽力されたアデラ・ストックトン先生でしたが、彼女は、現場に見切りをつけて、非医療者として女性に関わることを選んだ助産師です。日本では、決してそうなって欲しくありません。医療現場で助産ケアが必要とされて欲しい。求められるには、まずは産む女性自らが選択肢を知り、助産ケアが欲しい!そんな希望を抱いてこそ、変革に繋がっていきます。そこのヴィジョンを伝えていくのも、バースドゥーラの役目だと自認しています。
私がこのコースでお伝えすることは、昨日今日の思いつきではなく、
私が長い時間をかけて学び、
自分自身、葛藤しながら磨いてきた何か大切なものです。
それは、今のような先行き不透明な時代を生きる上で、誰しもに気づいていってもらいたい境地でもあります。
生きる喜びを自分の人生に増やしていくことのできるツールでもあります。
お仕事で、家庭で、対人関係で、一生役立つドゥーラスピリットを人生の価値基準の主軸に備えておけば、人生のどんな曲面でも喜びに満ちて生きていけます。
そして
どこまで目の前のお方を支えられるか、は、
究極的に表現するなら、どこまで自分自身を支えられるか、です。
表面的なケアを超えて、真のケアギバーとなるためには、
まずはご自身が、ご自分を支える最強の支援者となるところから始めると、バーンアウトしにくいのです。
お相手に尽くしながら、ご自身も豊かに時間を重ねる。
そのバースドゥーラマインドに御興味を感じたら、
どうか、一緒に学んで頂けたらと思います。
トレーニングコースに参加されると、
身体寄りで暮らすアプローチも
たくさん学んで頂けます。
日本初のドゥーラ団体、一般社団法人ドゥーラシップジャパンの理事を務める木村章鼓が、オンラインによるバースドゥーラのトレーニングを4年ぶりに致します。
Go beyond!
ご一緒に、つながっていきましょう
直接関係ない質問ですか家族との関係がこじれています。このコースを受ければ関係はよくなりますか?
大変なご状況ですね。基本的に受講されたご本人のみが変容を体験されるコースです。ですが、コースで様々な学びを習得され、その後の生まれ変わったご自分で、改めてパートナーシップを見つめ直してみると前向きな発見が必ずあるでしょう。辛い決断を潔く決めることもあれば、軌道修正していく在り方を発見する場合もあるでしょう。
子育ては思った以上に大変です。親子関係は良く変わってくれますか?母親としてどうしたらいいか悩んでいます。
母親として認められたいという気持ちは根源的なもので、誰しもが悩むところです。このコースを受講されることで、ご自身がより寛容になり、考え方や価値観といったものが変わっていく確率がとても高いです。いくつになっても母親の影響を一番早くに受けるのが子どもなので、ご自分の好ましい変化を、いち早く察知したり刺激として受け取り、親子関係が好転していく方は多いです。
申し込みの締め切りはいつまでですか?
コースの始まる前までお申し込み可能ですが、まずは、無料相談会へご予約いただき、適性や詳細情報をご確認いただいて、ご納得いただいてからのお手続きとなります。
今回のオンラインコース自体のカリキュラム内ではありませんが、リアル対面の機会は、講演会などでありますので是非ご参加の折、直接お目にかかりましょう。
私はまったく違う職場で働いているので将来的にドゥーラになるつもりはないですが大丈夫ですか?
はい大丈夫です。そういう方はこれまでにもいらっしゃいましたが、ご自身の自己成長に生かせることはもとより、特に接客業に従事されていらっしゃる方が、学んでいただく内容を身につけて頂くと、結果的に目の前の方との関係が深まり、リピーターになって下さる方が増えるなど、現在のお仕事のお役に立てるかもしれません。
申し込み後、キャンセルはできますか?
お申し込みは、無料相談会で充分にご納得いただいてからの手続きとなります。お申し込み後のキャンセルについては、定めたキャンセル料と振込手数料を除いた金額での返金とさせていただきます。
規定等、詳細は無料相談会にてご案内いたします。